セ~リングの楽しみが解ってきて、ヨットレースにはまる!  大阪湾のオープンレース(オレンジカップ、淡輪21世紀杯、北港天神杯・・・)  夏の徳島・阿波踊りレースも毎年参加した!  次第にいろいろなヨットに乗りたくなり、  友人がクル~ジング用(!?)に所有していたJ-24を借り出して・・  チームを結成して、J-24全日本選手権に2年連続出艇した!
コントレ~ルの歴史
Top pageへ
1981年4月、経験不足を補うため、  メイン&ジブセール新調を機に  ワッツセール(当時)の戸叶氏に1泊2日のコーチを依頼、  Y-30を借りて2艇でTraining!  夜は六甲保養所に宿泊して合宿!  夜も戸叶コーチの厳しい座学!?  おかげで、5月の「神戸まつりレース」初陣は「2位」の快挙でした!
1975年、秋・・・・  西宮・芦屋に住む若者(当時20台後半)6人が  ヨットを購入して、西宮の海で遊ぼうと計画!  中古ヨットの出物がない時代、  関東のシーボニアマリーナにニュージャパンヨット製の24ftがあるとのことで皆で出向いた。  「さむらい24」:ツインキール・船外機・・・5年物の頑丈そうなヨットでした!  陸送して、今津港で下架・・・・・  泊地は決まらないまま、取りあえず西宮港内のヨット溜まりに槍付け!  国体桟橋(一文字桟橋)は約40艇係留していたが、これを機会に・・  1976年1月「一文字ヨットクラブ」を発足させる!
1981年9月も戸叶氏を招いて合宿、  微風だったので、  4月の強風と9月の微風の走り方をプロセーラーから学んだ!
スターンが絞り込まれた船型なので、上り性能は素晴らしく、腰も強かった!  スピンランとなると、安定性が悪く、舵の操作を誤るとローリングが止まらない!?  トールボーイやブルーパーまで装備していた!
NEXT page
*シリーズ:3-3-1とダントツの総合優勝!  勝って当然のようなチームだったので、感動ももう一つ!?  その後、ヤマハ軍団が去ってからはパッとしなく、オーナーはヨットを手放してしまった!?
更に上を目指したくなり、  「Japan Bigboat Series」(今のJapan Cup)にクルーとして参加!  友人の新艇:YAMAYA-38R“WACKYⅢ”  優勝を狙って、ヤマハ軍団(小松、箱守、高桑、・・・)を送り込んできた!  12人のクルーの内、一般者はオーナーを含めて3人だけ!  ボクの役割はメインシート(トリマーではなく、小松艇長の指示通り、IN&OUT)!  それと、大阪湾をショート&ロングコースがあったので、  潮流を知っているボクがナビゲーターも務めた!
1980年12月  メンバーを増やして、サイズアップ、  なかよし造船製「Hi-Grace33」中古(6年物)を徳島から購入。  当時の33ftは大型艇の分野で、重く・安定性も良かったが、  全てのコントロールも重かった!